マジックフィンガーズ(2)

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(あー、どうしよう!?)

茜は焦った。

「あー、どうしよう!?」 

口に出して言ってみたら、ちょっと落ち着いた。

改めて、パソコンのディスプレイを見る。 

地図上で、点滅してる光。
いまは、ドン・キホーテとUDXの間をうろうろしている。

現在の時刻は、午後9時30分。

てっきり、あいつだと思っていたのだ。
あいつ――仕事を放り出して逃げた、山形。

ちょうど、午後3時になろうかという頃だった。
遅い昼食を食べてたら、いきなり、

「自由! 当たり! 正義! 無限!」

おにぎりを握りつぶしながら叫びを上げ、そのままペットボトルで壁を叩きながら出て行ってしまった。

ぼいーんぽいーんぽひーんほひーん……
壁を叩く音が、ドップラー効果付きで遠ざかっていく。

突然の出来事に、しばらく呆然とした後、

「『当たり』ってなんなのよ。『当たり』って……」

ぼやきながら山形の携帯に電話をかけると、既に着信拒否になっていた。

ツー、ツー、ツー……

「最初から逃げるつもりだったな? にゃろう……でも、」

それでも、山形の居所をつかむことは出来た。
山形のメガネに着けたGPSの電波を辿ればいい。
奴は――

(駅に入って――また出た?)

とりあえず秋葉原に留まって、こちらの出方を見ているといったところか?

(完全に、放り出したわけではないってことか)

そう思うと、血が登った頭も少しは冷めてきた。

その後は仕事をしながら、横目でモニターを見張っていた。
モニターに映る、地図上の光点を。

(まずは、へぇ……ラーメンか。昼ごはん、途中だったしね。この店って、つけ麺も美味しいんだよね……)

仕事の期限は、今日まで。
おまけに、逃げた山形の分まで自分がやらなきゃならない。

こんな状況で、これ以上つまらないこだわりを抱えてるわけにはいかなかった。
猛烈にキーボードをタイプする。

(ふむ、次は……餡かけの餡に、さつま揚げが入ってるんだよね。この店)

切るか残すかで迷ってた部分は、全部、ばっさり切ることにした。
そうしたら、途端に視界が良好になった。

更に猛烈な勢いでキーボードをタイプする。
途中で入る定型的な作業では、ゲーミングマウスが役立った。

(またラーメン! 自棄食いか!? 自棄ラーメンか?)

午後8時をすぎる頃には、作業は終了して、あとはテストを残すのみとなっていた。

(え、まだ食べるの? 今度はうどん――あ、この店って、うどん屋からラーメン屋に業態変えたんだった……)

そして、茜がテストの準備を終えた頃……
山形から、電話がかかってきたのだった。


「で? 見知らぬ人とメガネが入れ替わって? それで君は、新潟で何をしているのかな?」 

 嫌味っぽく問いかけたら、返ってきた答えは――

「はぁ? アイドル居酒屋で寿司食ってる? 寿司はともかく、アイドル居酒屋? メイドじゃなくて? それってアキバよりよっぽど進んでんじゃん! っていうか、新潟にアイドルっているの? ロコドル!? ああ……ローカルアイドルね。聞いたことあるかも……うん。Negiccoは知ってる。でも、RYUTISTは知らない。え? 中学生? 君ってロリコンだったの!?」

懸命に弁明する山形の声を聞きながら、茜は微笑していた。
心の奥で凝り固まっていた何かが、解けていくような気がしていた。

山形の声のバックには、キラキラした歌声と、野太い声援。
きっと『アイドル』がステージでショーでも演っているのだろう。

「うん、いいよ。テストは私一人でやっとくから――ゆっくりしてきなよ。でも、お正月中には、一度会いたいな。ばか。そういう意地悪、言うなよ……私だって、浮気しちゃうかもしれないよ?ふふ……焦った?ごめんね。好き好き。うん、大好き。じゃあね。良いお年を。愛してる」

ヘッドセットのマイクにキスして、恋人兼会社の後輩との通話を終え、それから10分。
再び、地図を見る。

地図上の光点は、まだドンキホーテの周辺をうろついていた。

「待ってろよぉ……」

コートを羽織ると、茜はマンションの部屋を出た。

(しっかし、1日で4杯もラーメン食べるなんて、どんなデブなんだろうね……)

そんな、失礼なことを考えながら。
 
 
茜と千嘉良が出会うまで、あと5分。 

千嘉良が秋葉原に着いたのが、午後3時過ぎ。
これから向かうのはランチ営業と夜営業の区別の無い店だから、これで問題ない。

目当ての店には、10分もかからず着いた。

 
「ああ……山形くん?
いいよ。
もう、怒ってない。

戻ってこなくていい。
君は、君の自由を楽しんでよ。

いや、別にクビの宣告ってわけじゃないから。

うん。

まあ……なんとかなりそう。
っていうか、既にゴール目前。

昌平橋通りから南と、川から南は、全部カット。
そう。
だから、本番は……うん。

三菱東京UFJの前からスタートして、教会の辺りまで行って、長竹ビルまで直進したら、またそこで中央通りに戻る、みたいな。

多分、それくらいのルートだったら、変なオペさえしなかったら保つでしょ。
例のメモリーリークも、なんとか誤魔化せる。

うん。
うん……結局、抜本的な対処は、本番が終わってから。

私?

私は、一応テストっていうか……あ、そうだ。
これから、テストだけ手伝ってよ。

一緒にルートをなぞってくれるだけでいいから…………え?

いま、アキバじゃない?
じゃあ、どこにいるのよ――って、新潟!?」


地下にある店から地上に出ると、すっかり暗くなっていた。

ガードレールに腰掛け、千嘉良は、通りの向こうのドン・キホーテを眺めている。
ホットッドッグに、たこ焼き、クレープ……
売ってるものだけ見たら、まるで、あそこだけ縁日みたいだ。

ラーメンでお腹がいっぱいになってなかったら、ちょっと食べてみたかったかもしれない。

「4店、回ったか……」

結果として、今日、秋葉原に来たのは、大正解だった。
まず、最初に入った店が良かった。

濃厚鶏白湯がウリの店で、あえてあっさり味のラーメンを選んだのだが、さっぱりとした味わいが、逆にスープの素性の良さを伝えてきて、思わず、
「うまい……」
千嘉良は、呟いていた。
 
満足して店を出て、思った。
「もしかして……秋葉原のラーメンって、ヤバいんじゃないか?」
ネットの情報で分かったつもりになっていたが、これは、考えを改めるべきだろう。

そうと決まったら、後は早かった。
スマホで秋葉原のラーメン店を検索し、めぼしい店の中から、大晦日の今日も営業している店をピックアップした。

結果として、千嘉良が食したのは――

・最初に入った店の「あっさり鶏白湯らーめん」
・中太麺に麻婆豆腐風の餡がかかった「雷々麺」
・行列に、あと3人遅く並んでたら食べられなかった限定麺「至福の浅利そば」
・トンカツをトッピングした「ロース濃厚ラーメン」
 
――といったラーメンたちだった。

ラーメン屋が多い街はいくらでもある。
しかし、そういった街が、ラーメン激戦区と呼ばれるかどうかは、別だ。

両者の間には、明らかな境界線がある。
網羅されるジャンル、味のバラエティ、店舗間の緊張感、玉石混交ぶり……

今日、千嘉良が体験した秋葉原は、明らかに 『激戦区』側に足を踏み入れていた。

(また、この街に来るんだろうな)

千嘉良は思った。
この街に通って、この街のラーメンがどうなっていくのか、見てみたかった。
それに値する何かが、この街で起こっているような気がした。

そうしたら、こうも思えてきた。
(ここって――どういう街なんだ?)
と。



「嘘でしょ?
だって、君のメガネ、GPSだと、まだアキバだよ!?
昼間に逃げて、駅まで行ったかと思ったら、また外に出て、
ずーっと電気街をぐるぐる……おい。

いま、なんて言った?

メガネを、落とした?

電車に乗る時、人にぶつかって、その人のメガネと入れ替わった!?」

茜の視線の先では、パソコンの画面に地図が映しだされている。
点滅する光点が、いま留まっているのは――

中央通り、ドンキホーテの前。

「……………………マジかよ」

田茜と千嘉良が出会うまで、あと30分。
 

奥田千嘉良は、秋葉原に疎い。

これまでの人生で、アニメを観たり、パソコンに触れたりしたことはあっても、そこから、いわゆる『アキバ文化』に踏み込み、のめり込んだことはなかった。

だから、電車が神田を過ぎた辺りから聞こえ始めたこんな会話も――

「ほら、奥さん! ここよ! ここでしょ?『萌え~』って言うんでしょ?」
「あら! 違うわよ奥さん。最近は『萌え~』じゃなくて『ブヒる』って言うらしいわよ!」

「この時期ってさ、メロンの前で死んでる奴、多くねえ?」
「いるいる! コミケからアキバに流して力尽きた地方民」

「4日目、どうする?」
「休むでしょ。それで戦果の確認でしょ」

――まったく、意味不明なのだった。

そんな感じで、まったく秋葉原と繋がりを持たない千嘉良だったのだが、

『秋葉原~秋葉原~』

大晦日の今日、秋葉原で電車を降りた。
目的は、ラーメンだ。

千嘉良が贔屓にしている新橋のラーメン屋が、秋葉原に支店を出したのが数ヶ月前。
支店の方も試してみようと思う千嘉良だったが、忙しくて機会がなかった。

それで、ようやく時間が取れたのが、大晦日の今日だったというわけなのだった。

電車を降りたのと同時に、

「いでっ!」

ホームを走ってきた男と、肩がぶつかった。

千嘉良の、メガネが飛んだ。
男のメガネも飛んだ。

メガネ同士の激突だった。

そして――

「うおわちゃぁあぁあああああっ!」

――怪鳥の如き叫び声をあげてメガネを拾うと、男は大股で電車に飛び乗っていった。

同時に、電車のドアが閉まる。

窓の向こうで、男が両手を掲げ跪き、電車の天井を仰いでいるのが見えた。
ホームまで届く叫びは、ガラス越しで少しくぐもっていた。

「俺は自由だ!!!」

電車が走り出す。
そんなわけで、千嘉良が文句を言う間もなく、男は去って行ってしまった。

しばらく呆然とした後、はっと思い出してメガネを拾いながら、

(秋葉原って!怖えぇええええ……)

あんな危なそうな男と、下手に口論になったりしなくて良かったと、千嘉良は心の底から安堵するのだった。



その頃――
秋葉原駅から歩いて5分の場所にある、マンションの一室。

壁沿いに、ぐるりと回りこむように配置された事務机。
机と机の境目を、またいで並べられたパソコン。

コピー用紙を敷いた上に、放置されたプリント基板。
付箋紙でパンパンに膨らんだ、技術書。

そんな、見るからに開発室な部屋の真ん中で、浅田茜は憤怒を叫んでいた。

「ぶっ、ざっ、げっ、ん”っ、な”ぁあああああああああ!」

足元に倒れているのは、私物のエルゴノミクスチェア。
仁王立ちで両手を空に掲げていた――まるでさっき千嘉良とぶつかった、あの男みたいに。

「ぶっゴロズ! ぶっゴロズ!! ぶっゴロズ!!!」

茜は――女性として見るなら、美人と言って良いのだろう。
ちゃんと風呂に入り、ちゃんと髪を整えて、ちゃんとした服装さえしていれば。

「わだぢの自由わぁ”あ”あ”! どうなるん”じゃあ”あ”あ”あ”あ”あ”っっっっっっ!!!!」

しかし、そうしていない現在の印象をいうなら
『三浪中の浪人生』
というのが一番近かった。

きらりと、レンズが光った。
茜の背後の机に、メガネが置いてあった。
千嘉良が着けているメガネ――それから千嘉良にぶつかってきた男が着けてたメガネに、そっくりなメガネだった。

ただ、違ったのは――
そのメガネは、USBケーブルで、パソコンと接続されていた。

パソコンの画面には、何かのリストらしきウインドウが表示されている。

『オブジェクト』と書かれた列に並ぶ単語は『UDX』『ヨドバシ』『ソフマップ本店』『ダイビル』――秋葉原にある、ビルの名前だ。

ウインドウのタイトルバーには、こうあった。

『マジックフィンガーズ』

そして………
再び茜が机に向かい、キーボードを叩きだすまでに、

「やってらんない!やってらんない!やってらんない……むしゃむしゃむしゃ」

紙パックの烏龍茶が700ミリリットルと6本の魚肉ソーセージ、2ピースのチーズケーキ、それから7分45秒の時間が費やされることとなった。

 
茜と千嘉良が出会う、7時間前のことだった。 

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