(え、ちょっと!?)美愛を追って、樹も交差点を渡る。(がっかりしてるのかな。それとも……)からかわれたことに抗議したい気持ちはあるが、それより(ホッとしてるのかな……)よくわからない自分の気持ちに対する戸惑いのほうが、大きかった。

いつも通り、靖国通り沿いに直進するコースを選んだ。

樹も美愛も、予備校では毎週水曜日の講座を取っている。
始まるのは十八時で、終わるのは二十一時。
いろいろあって、予備校のビルを出るのは、二十一時二十分といったところ。

樹の使っている駅は、日比谷線の秋葉原駅だから、あとは昭和通りに出て右――上野方面に歩くだけでいい。和泉橋を渡ったところにある駅入口には、三分もかからず到着するだろう。

そうして、二十一時二十八分の中目黒行きに乗り、三十五分には自宅最寄り駅のホームに降り立っていた。
少なくとも、予備校に通い始めて、最初の一ヶ月は。

樹に訪れた心境の変化については、彼自身の言葉を使って説明するなら、
単純に「面倒くさくなっちゃった」のだった。

予備校から駅まで、三分もかからない距離を歩くのが面倒くさくなって、それでどうしたかといえば、樹の選択は逆だった。

昭和通りに出て、右ではなく左――神田方面に向かって歩く。

それから岩本町の交差点を渡り、靖国通りを御茶ノ水方面に歩いて、JRのガードを潜り、須田町の交差点で右折。そのまま万世橋を渡ったところでまた右折して、アソビットシティ、カラオケ館の看板を見上げながら外堀通りを進み、エックス、矢まと、ゴーゴーカレー、最後にらーめん威風の前を通って、昭和通りに出る。最後は横断歩道を渡り、書泉ブックタワーの裏にある入口から、日比谷線の駅に。

まっすぐ駅に行くよりもずっと遠回りだが、気分的には、こちらのほうが楽だった。
理由は、樹にもわからない。
わからないまま、夏休み前には、それが普通になっていた。

初めて美愛と会話したのも、その頃だった。
 
日付は七月一六日。
樹の記憶では、時計は二一時二五分を指していた。
大阪王将の時計だった。