大阪王将は、店舗によって閉店時間が異なる。
靖国通り店の閉店時間は、朝四時だった。

もっとも樹は、そんな時間にこの店を訪れたことはない。
いつも通りかかるのは、遅くても二一時三十分より前だし、その日までは、店の中に入ったこともなかった。

その日とは、初めて美愛と言葉をかわした、七月一六日のことだ。

樹は思った。
誰かを、呪い殺そうとでもしているのかと。
そう思わざるをえない表情で、彼女は、のぼりがはためく路上から店内を睨みつけていた。
しかし、こちらに向けられた横顔は美しい。
思わず、息を呑んでいた。

(小津……美愛)

彼女の顔も名前も、知っていた。
予備校に通い始めたのは、樹と同じ高校二年の四月。
そして四月半ばには、彼女は既に予備校の有名人になっていた。
理由は、もちろん、美少女だからだ。

『地下アイドルのライブにいる女』

誰かが、そんな風に評していた。
地下アイドルのライブでは、ステージよりも、むしろ客席の方に美女・美少女がいる。地下アイドルのライブに来る女性は珍しいが、女性客の中に主役のアイドルをはるかに凌ぐ美人がいることは、決して珍しくないのだそうだ。小津美愛は、そういったアイドルのライブにいる女の様だというのだが――樹には分かるようで分からない喩えで、そもそも地下アイドルという呼び方から喚起されるイメージも希薄だ。小津美愛が、とにかくすごい美少女なのには変わりがない。そのこと自体は、樹自身もチラ見で確認済みだった。

性格が悪いという噂もあるが、樹にはどうでも良かった。

樹――というより十代の少年にとっては、顔か身体のどちらかが良ければ、それだけで恋愛対象だ。この場合の恋愛とは結婚を前提としたそれであり、十代の少年とは童貞を意味していると考えて、ほぼ差し支えない。というわけで、五月の時点で彼女は樹の中の『付き合う女候補リスト』に入れられていた。それから同時に、心の中の『死ぬまで関わることがない人』の棚に置かれてもいた。

そんな樹が、路上で美愛と出くわした。
樹は――
(うわあ……)
はっきり、この邂逅を嫌がっていた。

例えるなら、お腹いっぱいのところにご馳走を持って来られたような、そんな心境だった。