バレてはいない。
でも、美愛が外見とは違って、かなり無防備な人であることは、樹も察している。

美少女なのに、美愛には彼氏がいない。
性格が悪いからだという人もいる。
しかし樹には、そうは思えない――と、

(!?)

一瞬、美愛の姿が消えた。
焦って辺りを見回すと――気付くと、

「……うん。そういうことだから」

美愛が、樹の右手に触れていた。
そしてまた、前に出る。
樹は、絶句の直前みたいな状態になる。

(赤かった……)

一瞬見えた、美愛の頬は赤かった。
雪に、そういう色の果実を埋めたみたいに。
寒さのせいだろうか?
でも……

(そんなわけ、無いか。いくら東京が寒くても――)

そんなはずは、無かった。
明日あたり、雪が降ってもおかしくなさそうな空を見上げる。
そんな樹の頭上をJRのガードが通り過ぎていった。
サンクスを越えて、もうひとつJRのガード。
ひとつ目が山手線と京浜東北線で、ふたつめは中央線だ。

岩本町の交差点に出た。
靖国通りと、中央通りが交わる場所だ。
中央通りを右に行けば、秋葉原。
左に行けば、神田。

では、ここは?

思って、ふと振り向いた樹の目に最初に飛び込んだのは――小諸そばの看板だった。
夜のプールで潜水したら、こんな感じだろうか?
暗く深く碧い夜空。
並び立つビルの真ん中に『EDION』――秋葉原電気街。

美愛は、既に右を――秋葉原を見てた。
その背中を押すように、樹は歩き出す。
そして思い出す。
ここがどこであるにせよ、二人が行く先は、ひとつしか無かったのだった。

樹の真ん中に、言葉が浮かび上がった。
それは、
『彼氏』
さっき、美愛が言った言葉だ。

美愛は、性格が悪いわけでは無いと、樹は思う。
単純に、無愛想で目つきが悪いだけだ。

彼女の信奉者たちは、彼女を『クールビューティー』と表現している。その言葉の中には、無愛想なのも、目つきが悪いのも要素として入っているのだろう。なるほどと、樹は思う。でも樹にとっての美愛は『クールビューティー』ではない。しかし『だったらなんなんだ?』と訊かれたら、返す言葉がない。

あえていうなら、目の前の美愛から感じる全てだ。
やはりその中には、無愛想なのも、目つきが悪いのも含まれている。それごと、自分は美愛を好きなのだと思う。

だから――苦労はしないのだ。
簡単に言葉にできるなら、苦労なんて、何も無いのだ。

憤りとも違う何かが、樹の心に広がっていく。

その間に二人ははなまるうどんの前を過ぎ、さっき靖国通りで潜ったばかりの中央線のガードが中央通りにも跨っているのをまた潜って、万世橋まであと三十メートル。
肉の万世に入った。