(あー、どうしよう!?)

茜は焦った。

「あー、どうしよう!?」 

口に出して言ってみたら、ちょっと落ち着いた。

改めて、パソコンのディスプレイを見る。 

地図上で、点滅してる光。
いまは、ドン・キホーテとUDXの間をうろうろしている。

現在の時刻は、午後9時30分。

てっきり、あいつだと思っていたのだ。
あいつ――仕事を放り出して逃げた、山形。

ちょうど、午後3時になろうかという頃だった。
遅い昼食を食べてたら、いきなり、

「自由! 当たり! 正義! 無限!」

おにぎりを握りつぶしながら叫びを上げ、そのままペットボトルで壁を叩きながら出て行ってしまった。

ぼいーんぽいーんぽひーんほひーん……
壁を叩く音が、ドップラー効果付きで遠ざかっていく。

突然の出来事に、しばらく呆然とした後、

「『当たり』ってなんなのよ。『当たり』って……」

ぼやきながら山形の携帯に電話をかけると、既に着信拒否になっていた。

ツー、ツー、ツー……

「最初から逃げるつもりだったな? にゃろう……でも、」

それでも、山形の居所をつかむことは出来た。
山形のメガネに着けたGPSの電波を辿ればいい。
奴は――

(駅に入って――また出た?)

とりあえず秋葉原に留まって、こちらの出方を見ているといったところか?

(完全に、放り出したわけではないってことか)

そう思うと、血が登った頭も少しは冷めてきた。

その後は仕事をしながら、横目でモニターを見張っていた。
モニターに映る、地図上の光点を。

(まずは、へぇ……ラーメンか。昼ごはん、途中だったしね。この店って、つけ麺も美味しいんだよね……)

仕事の期限は、今日まで。
おまけに、逃げた山形の分まで自分がやらなきゃならない。

こんな状況で、これ以上つまらないこだわりを抱えてるわけにはいかなかった。
猛烈にキーボードをタイプする。

(ふむ、次は……餡かけの餡に、さつま揚げが入ってるんだよね。この店)

切るか残すかで迷ってた部分は、全部、ばっさり切ることにした。
そうしたら、途端に視界が良好になった。

更に猛烈な勢いでキーボードをタイプする。
途中で入る定型的な作業では、ゲーミングマウスが役立った。

(またラーメン! 自棄食いか!? 自棄ラーメンか?)

午後8時をすぎる頃には、作業は終了して、あとはテストを残すのみとなっていた。

(え、まだ食べるの? 今度はうどん――あ、この店って、うどん屋からラーメン屋に業態変えたんだった……)

そして、茜がテストの準備を終えた頃……
山形から、電話がかかってきたのだった。


「で? 見知らぬ人とメガネが入れ替わって? それで君は、新潟で何をしているのかな?」 

 嫌味っぽく問いかけたら、返ってきた答えは――

「はぁ? アイドル居酒屋で寿司食ってる? 寿司はともかく、アイドル居酒屋? メイドじゃなくて? それってアキバよりよっぽど進んでんじゃん! っていうか、新潟にアイドルっているの? ロコドル!? ああ……ローカルアイドルね。聞いたことあるかも……うん。Negiccoは知ってる。でも、RYUTISTは知らない。え? 中学生? 君ってロリコンだったの!?」

懸命に弁明する山形の声を聞きながら、茜は微笑していた。
心の奥で凝り固まっていた何かが、解けていくような気がしていた。

山形の声のバックには、キラキラした歌声と、野太い声援。
きっと『アイドル』がステージでショーでも演っているのだろう。

「うん、いいよ。テストは私一人でやっとくから――ゆっくりしてきなよ。でも、お正月中には、一度会いたいな。ばか。そういう意地悪、言うなよ……私だって、浮気しちゃうかもしれないよ?ふふ……焦った?ごめんね。好き好き。うん、大好き。じゃあね。良いお年を。愛してる」

ヘッドセットのマイクにキスして、恋人兼会社の後輩との通話を終え、それから10分。
再び、地図を見る。

地図上の光点は、まだドンキホーテの周辺をうろついていた。

「待ってろよぉ……」

コートを羽織ると、茜はマンションの部屋を出た。

(しっかし、1日で4杯もラーメン食べるなんて、どんなデブなんだろうね……)

そんな、失礼なことを考えながら。
 
 
茜と千嘉良が出会うまで、あと5分。