「君――大丈夫?」

千嘉良が声をかけると、少女は立ち上がり、名刺を差し出してきた。

「あ、あのっ! 大丈夫です! ありがとうございます! 私、こういう者ですっ」

そのときだ――
(おいおいおいおいおい!)
――そのとき、ようやく千嘉良は気付いた。

メイドさんだった。

カチューシャ、ニーソックス、ミニのエプロンドレス。
少女は、いわゆるメイドカフェのメイドさんそのものだった。

「ぐふっ!」

驚きと、それ以上に、メイド服をプラスして改めて見る少女のあまりの可愛らしさに、千嘉良は思わず息をつまらせていた。
そして再び始まる、冷静なる混乱。

(どうしてこんなところにメイドさんが!)
(いや、ここって秋葉原じゃんか!)
(いやいや、秋葉原だからって、どこにでもメイドさんがいるわけでもないし!)
(いやいやいや、ここに来るまでに、結構、どこにでも、うじゃうじゃ、メイドさん、いたし!)
(いやいやいやいや、それにしても、それにしても、それにしても…………)
かわいい

それでもなんとか、名刺を受けりながら名乗った。

「失礼。名刺を切らしておりまして――奥田千嘉良と申します」

名刺を受け取りながら、
(んん!?)
千嘉良が目を止めたのは、少女の名刺入れだ。

黒皮の、ウロコ模様が入った無骨な一品。
目の前の少女の可憐さとは、あまりにミスマッチだった。

(案外、大事なポストを任されてるのかもしれない。客だけじゃなく、業者とも名刺のやり取りをする様な……)

考えながら、名刺を見る。
そこには、こんな肩書が印刷されていた。

『(株)EOTE ファニーエクスペリメンツ事業部
 チーフマネージャー 浅田茜』

(………………………………え?)

社名を見た。名前を見た。
改めて、注意しながら、少女の声を聞いた。

「あの……怪訝に思われるかもしれませんが……ちょっと、お話しさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

思った通りだった。

「え、い、いいですけど……」

答えながら、千嘉良は確信していた。

(……そういうことぉ?)

「うわぁ。ありがとうございます!」
ぴょん、と跳んで少女――茜が空を指さす。

(そういうことだよねぇ…………)

「文字入力 リアルタイム エントリー」
そして手を降ろし、指で作った『L』を、顔の前にかざした。

(それにしても、こんなに可愛いなんて――え?)

「はじめまして。EOTEの、浅田茜と申します」
茜が言った。

次の瞬間、それは、千嘉良の目の前に現れていた。
それとは――

『はじめまして。EOTEの、浅田茜と申します』

――茜が発した言葉が、そのまま文字となって、千嘉良の目の前に浮かんでいた。


千嘉良は、言葉を失う――またも出現した、目の前の文字に。
                  
(さっきのあの文字も――この子が?)

気づくと、
「やっぱり、見えてますよね?」
声と同時に、
『やっぱり、見えてますよね?』
新たな文字が現れていた。

千嘉良はうなずく。
「うん……見えてる」
その顔を覗き込み、茜は満足気に笑った。

「うふふ……『イクジット』。歩きながら、お話しませんか?」

今度は、文字は出なかった。
千嘉良は、頷くしかなかった。 


「あれなら、気にしなくていいです」

背後を指さしながら、茜が言った。
あれとは、肘と膝とパンチで、千嘉良がKOした男のことだ。

「きっと、どこの街にでもいる、困った人ですよ――大丈夫でしょ」

男は、苦しげに顔を歪め、唸りをあげてはいるが、
「う~、うぎぃ、うぎぅううううう」
意識はあるみたいで、イビキをかいたりはしていなかった。

倒れてる場所は歩道だし、車に轢かれることもないだろう。

「そうですね。放って置いても大丈夫そうだ」
「そうでしょう?とりあえず、蔵前橋通りに出ましょうか」

二人は歩き出す。

茜と千嘉良が出会って、とりあえず5分が経っていた。