「確かに……そうだけど。伊達メガネだけど」

茜が指摘した通り、千嘉良のメガネには度が入っていない。
でもそんなの、こんなに短い時間一緒にいただけで、分かるものだろうか? 

レンズを見て判断したのかもしれないけど、よっぽどよく見なければ、そんなのわからないような気がした――そして千嘉良は、茜に顔を凝視された覚えはない。

(そんなのされたら……絶対、気付くし)
(こんな、きれいな顔で見つめられたりしたら……)
(あ、想像したら……)

かあっとなった頬を、千嘉良は、コートの襟で隠した。
「あー、寒い寒い(棒)」

でも、そんなの全く気付いてない様子で、茜は話を進める。
「ところで、今日、駅のホームで人とぶつかりませんでしたか?」

そんな茜を、ちょっと憎々しく思いながら、千嘉良は答えた。
「え!? ぶつかり……ましたけど」

「それって、私の後輩なんですよ」
「んん?」

「で、今あなたがかけてるメガネって、その後輩のものなんです」
「ってことは?」

「ぶつかった時に、入れ替わっちゃったみたいなんですよ――あなたのメガネと、私の後輩のメガネが」
「ご、ごめんな――」

「あ、メガネ、とらないでいいです。っていうか、とらないでください」
「はあ……」

「そのまま――かけたままでいてください」
「はい…………」

千嘉良がメガネにかけた手を下ろすと、茜は、どこかほっとしたように微笑って、

「偶然とはいえ……気味が悪いと思われるかもしれませんけど」

言いながら、取り出したスマホの画面を千嘉良に示した。
画面には地図と、点滅する光点。

「いまあなたがかけてるメガネには、GPSが内蔵されています。後輩から、駅でぶつかった人とメガネを取り違えたと聞いて、GPSでメガネの場所を調べて――そうして分かった場所に行ったら、あなたがいて――」

と言いながら、肘打ちのポーズ。
それが妙に板についていて、思わず千嘉良も(うまい――)って(そんな場合じゃない!)。

「さっきの文字って、このメガネが見せてたんですよね? 凄いなー。こんなのが、もう手に入っちゃうんですね」

Googleグラスのことくらいは、千嘉良も知っている。
一般発売にはまだ時間がかかりそうなことも。

ネットの記事で写真を見た時は、
(これってメガネっていうより、歯医者さんが着けてるアレみたいな……)
と呑気な感想を抱いたものだが、それに比べると、いま千嘉良がかけてるメガネは、当然だが、ちゃんとメガネに見えた。

「こんなのが、もう発売されちゃってるんだ――凄いなあ」

はしゃぐ千嘉良に、茜が、はにかみながら言った。

「いえ。これはまだ、市販されてません。私の会社で開発中の製品です。
マジックフィンガーズ』――まだ、仮の名前なんですけどね」
 
 
茜と千嘉良が出会って、ちょうど40分が経っていた。