千嘉良は、ちょっと困った。

「秋葉原の……正体」

そんなにはっきり言い切られてしまったら、首肯するのも反論するのも、何だか違うような気がしてきてしまう。

例えるなら、医者を前にした患者みたいだった。
だから千嘉良も、病院に来た患者みたいに、ただ自分の病状を話すしかなかった。

「自分は……去年まで、格闘技をやってたんです。

それで、秋葉原の――さっきのセブンイレブンの近くにあった道場に、何度か出稽古に来たことがあって――東京生まれのくせに、秋葉原に来たのはそれが始めてで――

電気街口から中央通りに出た途端、びっくりしました。

圧倒されたっていうか。
通りの向こうのビルが、凄く大きく見えて……
すぐそこに、何百メートルも幅のある滝が現われたみたいだった。

もちろん、そんなのは最初の日だけでしたけど。

だけど、なんとなく中央通りは苦手で、その道場に行く時は、昭和通りを歩いて行ってたんです。
行きたいラーメン屋――「くろ喜」とか「粋な一生」も、そっち側だったし。

今日も電気街を歩いたけど――昼間に歩いた時ですよ?――やっぱり、他の街を歩くときよりも、緊張したっていうか――」

そんなことを話しながら、千嘉良は思っていた。

(いまも緊張してるけど――)
(昼間とは、全然、理由が違う) 

思って茜を見たら、手を引かれた。
茜が歩き出す。
千嘉良も、着いて行くしかなかった。

「3秒間、立ち止まります」
「え?」
「見てください」

二人は立ち止まった。
ベルサール前の横断歩道の、真ん中だった。
茜が指さしてるのは、リハーサルの出発点である末広町方面。
カウント。

「1」

千嘉良の視界の隅で、茜の手が、何かのサインを描く。
同時に、街中の光が消えた。

「2」

次の瞬間、秋葉原の建物群に異変が起こった。
いずれも白く輝いて、向こうが透けて見えるほど透明になっていた。

「3」

そして、秋葉原の道、道、道。
秋葉原に存在するあらゆる通りを、眩い光の矢が奔って行く。

「これが秋葉原を見る正しい角度です!分かりましたか?」
「はい!」

角度――茜の言ってる意味を、ようやく千嘉良は理解できた気がした。

初めて秋葉原に来た時、中央通りは、千嘉良の左から右に向かって伸びていた。
でも、今は違う。
千嘉良の後ろから、前に向かって伸びている。

つまり、角度が違った。
そしてそれだけで、秋葉原が、まるで別の街みたいに違って見えた。

「さあ、行きましょう!」

再び手を引かれ――引かれる一瞬前に、逆に茜の手を引っぱって、千嘉良は走りだしていた。
2回のストライドで、ソフマップの前に辿り着くまでの間で、千嘉良は、

(本当に、マジックフィンガー……魔法の指だ)

茜のことを、好きになってしまっていた。

「ちょ、ちょ! ちょっと待っ……」

転げそうになりながら横断歩道を渡ったばかりの茜に、言い放つ。

「こんなに小さかったんですね! 秋葉原って」
「ふぅ……そうでしょう?」

胸を押さえながらも、微笑する茜は満足気だった。

「これなら、自分の地元の方が、ずっと大きいですよ」
「地元って、どこなんですか?」
「蒲田です」
「ああ……私は草加です。それにしても、あんなにダッシュすることないじゃないですか。こっちはヒールのある靴なんですから……」

非難がましい目をする茜に、千嘉良は、にっと笑いかけた。
そして言った。

「男でしょ!? しっかりしなよ!」


茜と千嘉良が出会ってから、1時間と43分