「君の会社の社長――貞夫さんは、自分の父親の弟なんだ。
18歳の時、新潟の実家に絶縁されて、遠縁にあたる自分の祖父の養子になった。

自分の父親は、民夫っていうんだけど……

祖父は、実の息子――民夫に自分の会社を譲って、貞夫さんは自分の知り合いの会社に就職させた。

でも貞夫さんは、しばらくしたら独立したいって言い出して……それでお祖父ちゃんは、父さんの会社に出資させて貞夫さんに会社を持たせたんだ。

だから、今回は追加の出資になるはずだったんだけど――保留になった。
最初の出資の時とは、事情が変わってしまっていたから。

父さんの会社が上場することになって、いままでの様に社長の独断でお金を動かすのが、難しくなってしまったんだ。

だから保留というのは、通常の手続きで出資を検討した結果で――」

「わかります。実質的には、却下ということですよね」

「言っておくけど、問題になったのは製品じゃなかった。貞夫さんの、経営者としての資質だったんだ」

『ばんから』を出て、そんなことを話しながら歩いてたら、再び蔵前橋通りに出た。
またセブンイレブンでカップのコーヒーを買って、今度も店頭のゴミ箱横に潜り込んだ。

「貞夫さんってさ、お金を引っ張ってくるのは上手なんだ。だから、父さんの会社以外にも、スポンサーがいないわけではなかったんだけど……でもね、それ以降がダメなんだ。

集めたお金で事業を回していくセンスが決定的に不足しているっていうのが、父さんの会社が出した結論。こんな会社に出資したら、株主の突き上げを食らってしまうってね。

それでも貞夫さんは、いま手がけてる製品のデモだけでも見てくれって……仕方なく父さんは、お祖父ちゃんのところで勉強させてた娘――自分に相手をさせることにした。

もう分かってると思うけど、年明けに君がデモする予定だった相手は、自分だったんだ。

デモは見せてもらったから、後は自分が上の人間に報告して、それで終わり。
率直に言って、今回の件に関して、君や貞夫さんができることは、もう無い」

「…………」

「あのさ、貞夫さんってロクでも無いヤツだけど……逆に、だから、みんな好きになるんだと思うんだ」

「はい」

「君や君の彼氏が貞夫さんを好きになったのも、仕方ないと思う。別れた後も振り回されてしまうのも……少なくとも、君が悪いんじゃない」
「でも……そういう人を好きになって、それでどうするかは、自分の責任ですよね」
「そうだね」 
「ふふ……そうですよね」

茜が微笑った。
これからどうする?
とは、千嘉良は訊けなかった。
首をコキコキやったら、コンビニの時計が見えた。

(あと10分で……年が変わる)

最初は、ナンパかと思った。
「スッマセ、スッマセ……」
すいません、と言ってるらしかった。

よく見たら、中には女性もいる。
白人の男女――人数は5人。
(観光客?)
目があった途端、タブレットを差し出してきた。
表示されてる、字を見たらわかった。

「ロシア人だ。この人たち」

道案内を求めているらしい。
タブレットの画面は、ルート選択済のグーグルマップ。

「神田明神に行きたいみたいですね。でもこれ、清水坂下から回りこむルートだ……妻恋坂から明神下に下っていったほうが行列の最後に付くのが楽だけど、外国の人に説明できるだろうか、うーん……」

思案する茜の横顔に、千嘉良は思いつく。
考える前に、言ってた。

「初詣、行こうか?」

というわけで、千嘉良と茜にロシア人5人を加えた一行は、神田明神を目指して、蔵前橋通りをぞろぞろ歩き出したのだった。


茜と千嘉良が出会ってから、2時間と55分